芝生の上の分かれ道 少年が芝生の上に敷かれた一本道を歩いていると、二股の分かれ道にさしかかった。 右に進む? もしくは左? どっちに行ったらいいのか、わからなくなる。その先に見えるゴールはこの位置からでは見えない。 少年は立ち尽くしてしまった。 どちらにいけばいいのかわからないまま、ずっと足踏みをして、何時間も分かれ道の手前で止まり続けた。 すると、少年の右側に、 一人の男が立っていた。少年より十歳は年上のようだ。黒のスーツを着こみ、ネクタイを締め、いかにもビジネスマンといった格好だ。 いつからそこにいたのだろうか。音も気配もなく現れた。 ちらりと男を見上げると、男は少年と同じような瞳で、右の道を見つめていた。 道というよりその先にあるゴールを見つめているかのよう。 「きみは……」 男の声がした。 少年は思わず身体を震わせた。自分のことを呼んだのがわかったので「はい!」と返事をする。 「この分かれ道の手前でずっと止まっている。どちらに行こうとしているのかい?」 「……それが、わからないんです。右にも左にも行けずどうすればいいのか決めきれなくて、ずっとここで止まってしまっていて……」 悩みをぽつりと声に出してみると、少し気持ちが楽になる気がした。 「右か左の二つしか道は見えないのか?」 「え? 二つじゃないんですか?」 「パッと見たら二つかもしれない。でも、その二つの間は? 草原の上に道は見えないか?」 「道なんてありませんけど……」 思ったことがそのまま口から出た。 「たしかに道は二つだ。二つの道しか見えていないから、二つしかないように見える。 なら、その間は?  右寄りの道は?  左寄りの道は?  右に限りなく近い間の道は?  左に限りなく近い間の道は? 道は、実は二つの道の間にもたくさん存在しているんだよ」 「今は、二つの道の真ん中を歩いていけばいい。そう判断を急ぐものではない。 自分の気持ちがわからないなら、すぐにはっきりと決めなくていいんだ。 きみがそこまで悩むのだから、きっとすぐに決めてはいけないものなんだ」 「ゆっくりじっくり考えるんだ。どちらかに行きたくなったら、右か左か曲がって目指していけばいい。僕が君と同じ立場だったとき、そうしたようにね」 よく聞くと、男の声は自分の声とよく似ていることに気がついた。 「では、僕は先に行ってるよ」 そう言うと、男は走り出した。 二つの道の真ん中を走り出し、最終的に右に曲がったのか、左に曲がったのか、よく見えないまま、男の姿は消えた。 少年は今まで止めていた足を、一歩前へと踏み出した。#392,986text好きじゃない、でも…… 「キミのこと、好きじゃない」 そう言うと、あの子も同じように言ってくる。 『キミのこと、好きじゃない』 「嫌いだよ」 『嫌いだよ』 「キミの癖っ毛が嫌い。だんごっ鼻も、分厚いくちびるも嫌い」 『キミの癖っ毛が嫌い。だんごっ鼻も、分厚いくちびるも嫌い』 「キミの性格も嫌い。怖がりで臆病なところや、優柔不断なところも嫌い」 『キミの性格も嫌い。怖がりで臆病なところや、優柔不断なところも嫌い』 「嫌い」 『嫌い』 同じことを、同じタイミングで言ってくる。口の動きも同じだから、もっと腹が立つ。 やってはいけませんって誰かに教えられたけど、嫌いなあの子を足で蹴ってみた。 バシャンッと音がして水しぶきがあがって、あの子の靴と同じ色をしたぼくの靴が濡れてしまった。 あの子もぼくの足を蹴ってきたんだ。 すると、あの子の姿がゆらゆら揺れ動いた。顔も体も手も足もぐちゃぐちゃになった。 嫌いなあの子の何もかもが、歪んで、歪んで、形がなくなった。 あの子は必死で落ち着きを取り戻そうとしているがなかなかできない。 ……ぼくが、蹴ったから? ぼくがあの子を嫌うから? だからこんなことになったの……? 歪んだ顔がもとに戻ったころ、あの子は泣いていた。 目を真っ赤にして、涙がほっぺを伝っていった。 それはぼくも同じだった。涙がほっぺを伝ったことで、ようやくぼくも泣いていることに気がついた。 ぼくとあの子は、同じようにいっしょになって泣いていたんだ。 「ごめん。蹴ったりなんかして、ごめんね」 するとあの子も同じように言った。 『ごめん。蹴ったりなんかして、ごめんね』 悪口も言わないし蹴ったりもしないから、もう泣かないで。 ぼくと同じことをあの子も言っていた。 あの子もぼくと仲直りしたいみたいだ。 本当は、仲良くしていきたいんだ。 「今までごめんね」 『今までごめんね』 言われると嬉しくて、ぼくはにっこり笑った。 あの子も同じようににっこり笑ってくれた。 仲直りの握手をしようと右手を差し出すと、あの子は左手を差し出した。 ……水たまりに映った、もう1人のぼく。#390,871text居場所探し そこは、居心地の良いオアシスでした。冷たすぎず、熱すぎず、誰もがここに居続けたいと思うほど、気持ちの良い場所です。 誰もが足を留め続けるある日のこと。 しばらくオアシスに居続けていた少年は、旅立ちました。気持ち良いはずのオアシスから離れていったのです。 少年は近くの街に出ました。あてもなく歩く様子の少年に、老人が尋ねました。 「君はどこに行こうとしているのかい?」 少年は表情もなく答えました。「自分の居場所を探している」と。 「そうか居場所を探しているのか。君の居場所探しについていきたい」 老人は旅の供を申し出たのです。 少年は何も言わずに歩き出しました。老人は後ろから見守るようについていきました。 砂漠に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、砂漠はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは熱すぎるから、いやだ」 少年は歩き出しました。 草原に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、草原はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは乾燥しているから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 森に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、森はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは動物の声がうるさいから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 沼地に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、沼地はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは地面がぬかるんでいるから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 海に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、海はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは潮風で目が沁みるから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 雪山に出ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、雪山はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは寒すぎるから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 老人は困ってしまいました。 そして、少年に尋ねました。 「元々君がいたオアシスに、帰りたいんじゃないのかい? そこが君の居場所ではないのかい?」 しばらくしてから、少年は答えました。 「帰りたくはない。オアシスは、僕の居場所ではなかった」 大きな街に来ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、街はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは忙しないから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 人気の少ない田舎に来ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、田舎はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。ここは静かすぎるから、いやだ」 少年はまた歩き出しました。 都会でも田舎でもない町に来ました。少年は足を止めました。 老人は言います。 「君の居場所に、都会でも田舎でもない町はどうだい?」 「いいや、僕の居場所ではない。……理由はわからないが、僕の居場所ではない」 少年は脇目も振らずに、また歩き出しました。 世界中どこを回っても、少年は少年の居場所を見つけられずにいました。この世に自分の居場所はないのだろうか。少年はふと立ち止まり、ため息をつきました。そんな少年の姿を見て老人は言いました。 「君は自分の居場所を、もう持っているんじゃないのか?」 少年は老人の顔を見つめました。その目は驚いて丸く開いていました。 「嫌だと思える自分を持っている。ここは自分の居場所ではないと、感じ取ることができる。無意識のうちにわかっているのではないか? 自分で自分の居場所を『作りたい』と」 老人は真っ直ぐ少年の目を見つめて言いました。 「君が今まで見てきたものが、自分の居場所ではないと感じるのは、他の誰かの居場所だからかもしれない」 「他の誰かの居場所は、他の誰かの居場所であり、自分の居場所とは呼べない。君はオアシスを出た。オアシスは自分の場所ではなく、誰かの場所だと感じたからだろう。他のどこかに身を置いても、誰かの居場所に入り込むだけで、心を落ち着かせることはできないだろう」 老人は言葉を続けました。 「自分の居場所を見つけたいなら、自分の居場所を作り出せばいい」 「『作り出す』……か」 少年はぽつりとつぶやきました。何度も何度も口の中で繰り返しました。 しばらくして少年は、にこりと老人に笑いかけました。固くなっていた表情がほぐれるように緩んでいきます。そして老人の眼差しに向かって、ゆっくりと、うなずきました。 老人も、にっこりと、微笑み返しました。 少年は前を向き、一歩足を踏み出しました。 新しいどこかへと、また歩き始めました。 老人はもう、少年の後ろをついていくことはしませんでした。#352,612textあなたにできること 僕には、できないことばかりだ 勉強ができない 運動ができない 興味のないことは好きになれない 知ろうとすることもできない 人とうまく話すこともできない 人と仲良くなることもできない 僕にはなにができるんだ? 仕事もできない 周りも見れない 車の運転もできない 手を挙げることができない 意見を言うこともできない 意見を持つこともできない 人を支えることもできない 守ることもできない 人の役に立つこともできない なら僕にはなにができるんだろう? 答えは見つからない そんなとき、おじいさんがそばにやってきた おじいさんは言った 「君は、君のことをよくわかっているんだね」 「できないことをよく知っているんだね」……と そして言った 「ただ、勘違いしていることがある」 「できないことばかりだとしても、できていることがすでにある」 知らない人だ 出会ってすぐのおじいさんに、君にできていることがあるだなんて言われて、驚きだ 疑いながら、聞いてみた 「それはなんですか?」 「君は存在することができている」 つまり 「この世に『生きている』ことができているんだ」 存在しているだけで誰かを安心させているんだ 存在しているだけで誰かの役に立っているんだ 存在しているだけで、それだけでいいんだ おじいさんの目は少し潤んでいるようにも見えた 存在するだけで? ここにいるだけで? それだけで、だれかの役に立っているんですか? 僕は疑問を投げかける おじいさんは、はっきりと頷いた そこにいるだけで、誰かを温める そこにいるだけで、安心させる 君はそこにいるだけで、できているんだ それだけで十分なんだ ふわりと風が吹き、上から差し込む白い光が、おじいさんを照らした 眩しくて目を瞑る 再び目を開けると、おじいさんはもうそこにはいなかった ただ、春風のように温かい風が、頬を撫でただけだった#352,005text追い風向かい風 自転車に乗っていると思うんだよな。 いつも顔に風が当たる。 早くこげばこぐほど、それは強くなって、 髪をかき乱す。 目が乾いてきて瞼が開けられなくなる。 鼻で息するのが苦しくなって、口を開ける。目一杯の空気が一度に入って一瞬で喉を渇かす。 信号機の赤色を見て自転車を止めると、そんな煩わしい向かい風はぴたりと止む。代わりに背中に追い風が当たるようになる。 青になってまた漕ぎはじめる。 同時に、また向かい風が吹く。 ……当たり前のことだ。 風は空気の流れだから。いくら無風だとしても、自分が動けば動いた分空気の塊にぶつかるのだから。 もし、自分が進んでいる時に追い風が吹いたとしたら、それはとてもとても強い風が吹いて背中が押されていることになる。 そんなことってほとんどない。 私たちが「前に進む」時はたいてい向かい風が吹く。 向かい風が吹くということは、もしくは、向かい風が強く吹きつけているということは、 「前に向かって進んでいる」ということ。 進むからこそ向かい風は吹く。 止まれば追い風が吹くだろう。進みなさいと誘われるように。 ……さあ、 向かい風に負けないで進もう。#350,906text